鼻骨骨折
 

 私が大学生の時、ク**君という1年後輩がいた。このク**君は、高校までは野球部の選手で、大学に入ってからバドミントンをはじめた人で、北海道は紋別出身の人だった。しかし、まれにみる運動神経と、研究心と、努力によって、上級生になってからは我が部のレギュラーを勝ち取り、なんと、関東大学1部リーグの公式戦にも出場してしまった。
 
 さて、本題に入ろう、私が大学3年生の時、その日も過酷なバドミントンの練習が予定されていた。もちろん、監督、コーチおよび幹部によって綿密に計画された練習である。ところが、その日は、何となくその場の雰囲気で、練習をやめてソフトボールをやろうということになってしまった。計画された練習をやめる大きな要因としては、その日は、監督も、コーチも来ないことがわかったことがあげられるが。
 
 1年生が体育局の事務所へ行って、手続きをし、用具一式を借りてきた。そして、いよいよ、プレーボールということになった。ここで活躍したのは前出のク**君である。高校時代は甲子園を目指していたという位なので、バドミントン部のへっぽこソフトボールではものが違う。それこそ攻守にわたり大活躍を見せた。守備はレフトで超ファインプレーの連続であった。
 
 当然、ク**君は気をよくして、ハッスルプレーを意識する。そして、何回の攻撃かは忘れたが、あるバッターがレフトへ大きなあたりをとばした。ク**君は、これこそ見せ場とばかりに後方へ全力疾走した。まさに、超ファインプレーと思われた瞬間。ク**君が地面に倒れた。そして、起きあがろうという気配も全く見せない。すわ、何事かと、部員全員がク**君の所に駆け寄った。するとそこには低鉄棒が設置されていた。そうなんです。ク**君はちょうど顔の高さにあった鉄棒に顔を直撃させてしまったのです。これは、痛い。見る見るうちに顔が腫れてきた。そうして、救急車で東京女子医大病院に搬送された。しかし、幸いにも鼻骨骨折だけですんだ(といってはク**君には気の毒ではあるが)、命に別状はなかった。
 
 その後、全員集合し、4年生の先輩から、お達しがあった。ソフトボールをやっていてク**が怪我をしていたことは、決して、監督、コーチの耳には入れてはならない、と。だから、今でも私はそのことを監督やコーチにいってはいない。
 
 後日、コーチが練習にやってきて、ク**はどうして怪我をしたのかと聞いた。私は思わず言葉に詰まった。そうしたところ4年生の先輩が横からでてきた。そして、言った。自分が素振りをしていて、不注意にもク**の鼻をラケットで打ってしまいました、と。その後に、その先輩はコーチに向かってさらに続けた。さすがに、河崎のラケットはじょうぶですね。骨が折れても、ラケットはおれなかったんですから、と。そのコーチは一瞬、ニヤッとした。そのコーチは河崎ラケットというラケットメーカーで課長をしていたからだ。
 
 しかし、我がチームのコーチは、あの先輩の言葉を本当に信じたのだろうか。今でも疑問ではある。


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