競技歴
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社会人になって1年目にアキレス腱を断裂してしまいました。バドミントン選手としてはもっとも脂がのってくるときだったので悔やんでも悔やみきれない思いがしています。さらに,術後の経過がよくなく2〜3年間アキレス腱痛に悩まされ,まともな練習ができませんでした。試合でも,頭ではわかっているのに,足が動いてくれず,シャトルの動きを読んでいるのにどうにもならないもどかしさに,ストレスばかりがたまっていきました。しかし,アキレス腱を切ってから3年をすぎた頃から,不思議とアキレス腱痛がなくなり,思い通りの練習ができるようになりました。岐阜の社会人のクラブを渡り歩いたり,仲間と,愛知県にある実業団チームを訪れ,練習したりという日々が続きました。そのような延長で,沖縄国体成年の部で優勝ができました。
平成元年10月〜平成2年10月にかけて1年間,(財)日本オリンピック委員会のスポーツ指導者在外研修員として,英国に駐在し,ヨーロッパのバドミントンについて研究をしました。そのときに,大英博物館の中にある,大英図書館にも足繁く通い,バドミントンの歴史についても研究をしました。読書に疲れた時は,博物館の中をぶらぶら歩きながら,エジプトのミイラやマグナカルタの実物や,その他,世界の秘宝を見て回りました(なんと贅沢なことか)。大英図書館の閲覧室にはマルクスが資本論を書き上げたといわれている席があり,そこに座って資料を読んでいると,本当に,歴史の重みを感じました(とは言っても,日本にいても同様の思いをする所はたくさんありますが)。
平成3年4月〜平成13年3月まで東海女子大学バドミントン部の監督兼顧問をつとめました。
平成13年4月〜平成19年3月まで東海女子大学バドミントン部の顧問をつとめました。
平成25年4月〜平成28年3月まで東海学院大学バドミントン部の部長兼監督をつとめました。
平成14年4月〜平成28年3月まで岐阜県羽島市を中心に羽島クラブ監督、羽島中学外部コーチ、長良高校外部コーチなどをつとめ小、中、高校生にバドミントン指導を行いました。
インカレの団体戦で2連覇できたことや国際大会で活躍できる選手と共にバドミントンができたことはとてもよい思い出です。
同時に、大学生だけではなく、小学生、中学生、高校生のバドミントン指導ができたこともよい思い出です。
東海女子大学は平成19年4月に校名変更され、東海学院大学となりました。
平成28年4月〜生まれ故郷の福岡に戻り、日本経済大学福岡キャンパスの教授を務めながら、バドミントン部の創設に携わりました。
平成29年4月〜令和5年7月までバドミントン部長兼監督を務めました。
[選手としての主な競技歴]
(小学生時代)
福岡市民バドミントン秋季大会 男子小学6年生 シングルスの部 優勝
(昭和47年10月 於 福岡県福岡市)
(中学生時代)
全国中学生バドミントン大会 都道府県別対抗戦の部 福岡県代表として出場
(昭和50年8月 於 東京都大田区)
(高校生時代)
全国高等学校総合体育大会 バドミントン競技 男子シングルスの部 ベスト8
(昭和53年8月 於 福島県会津若松市)
(大学生時代)
全日本学生バドミントン選手権 シングルス 優勝
(昭和57年10月 於 東京都渋谷区)
全日本学生バドミントン東西対抗競技会 最優秀選手賞
(昭和57年11月 於 岡山県岡山市)
(社会人時代)
国民体育大会バドミントン競技 成年の部 優勝
(昭和62年10月 於 沖縄県糸満市)
U. S. Open Badminton Championships ダブルス 第3位
(昭和62年11月 於 米国Los Angels市)
[監督としての主な競技歴]
全日本学生バドミントン選手権 団体戦の部 優勝(東海女子大学)
(平成4年10月 於 愛知県名古屋市)
全日本学生バドミントン選手権 団体戦の部 優勝(東海女子大学)
(平成3年10月 於 北海道札幌市)
西日本学生バドミントン選手権 団体戦の部 優勝(東海女子大学)
(平成10年8月 於 岡山県岡山市)
西日本学生バドミントン選手権 団体戦の部 優勝(東海女子大学)
(平成9年8月 於 愛知県名古屋市)
西日本学生バドミントン選手権 団体戦の部 優勝(東海女子大学)
(平成8年8月 於 京都府京都市)
西日本学生バドミントン選手権 団体戦の部 優勝(東海女子大学)
(平成6年8月 於 岡山県岡山市)
西日本学生バドミントン選手権 団体戦の部 優勝(東海女子大学)
(平成5年8月 於 愛知県名古屋市)
中部大学バドミントン選手権 団体戦の部 10連覇(東海女子大学)
(平成3年6月〜平成13年6月)
東海学生バドミントン春・秋季リーグ戦 1部リーグ 20連覇(東海女子大学)
(平成3年4月〜平成12年11月)
[監督として指導をした主な部員とその主たる成績]
宮村愛子 (1996年アトランタオリンピックバドミントン競技出場)(卒業後)
井田貴子 (2000年シドニーオリンピックバドミントン競技出場) (卒業後)
渡辺真由美(1992年アイルランドオープンバドミントン選手権 シングルス3位)
高野八重 (1993年世界学生バドミントン選手権 シングルス優勝)
伊藤真弓 (1994年全日本学生バドミントン選手権 シングルスベスト8)
堀裕子 (1994年全日本学生バドミントン選手権 シングルスベスト8)
坂本諭美 (1994年全日本学生バドミントン選手権 ダブルスベスト8)
岩本舞 (1994年全日本学生バドミントン選手権 ダブルスベスト8)
寺本知代 (1996年全日本学生バドミントン選手権 シングルスベスト8)
関本祥子 (1997年全日本学生バドミントン選手権 シングルス3位)
湯田絵里子(1997年全日本学生バドミントン選手権 シングルスベスト8)
高島香里 (1997年全日本学生バドミントン選手権 ダブルスベスト8)
松本里衣 (1998年全日本学生バドミントン選手権 シングルスベスト8)
高尾昌代 (1998年全日本学生バドミントン選手権 ダブルス3位)
[海外コーチ研修歴]
1.(財)日本オリンピック委員会スポーツ指導者在外研修員(平成元年10月〜平成2年9月)
(概要)
平成元年度の日本オリンピック委員会スポーツ指導者在外研修員に日本バドミントン協会の推薦により選ばれ以下の活動を行った。
平成元年10月より1年間,バドミントン競技の発祥の地である英国のロンドンを拠点にし,バドミントンのコーチ学の研究を行った。具体的には,The Badminton Association of England L.T.D.(英国バドミントン協会事務局)および The Wimbledon Squash & Badminton Club(ウインブルドンスカッシュアンドバドミントンクラブ)に所属しながら,Ciro Ciniglio氏(当時イングランドナショナルチーム監督)の指導のもと,主に,ヨーロッパバドミントン界の現状(トップランキング選手からジュニア選手に至る幅広い選手層の練習環境,生活環境,練習方法,トレーニング方法等)について調査,研究を行った。
[全日本女子バドミントンチーム役員歴]
全日本女子バドミントンチーム 強化合宿および日本代表選手選考会役員(コーチ)
(平成6年4月〜平成8年3月)
以上